こここブログ

「この世にはこんなにもやりたいことがある。」やりたいことがありすぎる。時間が足りない。もっと違う生き方をする。こここが会社を辞め、フリーランスになり、生きていく記録です。皆様のご参考になれるといいな。

「ゆるい死にたさ」のような感情と、その「死にたい気持ち」が生じやすい性格

(投稿:2017/11/19|更新:2018/06/08)

 

こんにちは。こここ(@kokokocococo555)です。

今回は、同じような気持ちになりがちな人に「こんな人もいる」と少しでも楽になってもらえたらなと思って書きました。

あとは将来への希望というか、目標みたいなものを書き残したいと思いました。

※少しネガティブな内容なので気をつけてください。

「ゆるい死にたさ」という感情

「死にたい」と思うときに「自殺したい」といった強烈な想いではなく、「普通に歩いていて交通事故にあって死にたい」みたいな気持ちになる人ってけっこういるんじゃないだろうかと考えている。

ゆるい「死にたさ」。

その理由について考えたことはなかったけど、ふと

「これはきっと自分で死ぬ勇気がない、ということはもちろんのこと、死んでなお誰からも責められたくないというのがあるのかな」

と感じた。

自分が死んだときのことを想像して、

「交通事故か、なら悲しいけど仕方ないね」

みたいな風に受け入れてほしいんだと思う。

迷惑をかけずに今から逃げたしたいのだと思う。

交通事故だと加害者側に迷惑がかかるので雷に打たれるとか、心臓麻痺とかそういうのでもいい。

 

なんにせよ、本当に死にたいわけではなく、きっと今から逃げ出したいのだろう。

もっと言えば、今からも、そして結局辛いことがなくならない将来にも希望を見いだせないために、

「生きていても仕方がない、辛いことがあるならいっそいなくなりたい、逃げ出したい」

という考えなんだろう。

会社に行く必要もなく寝たいだけ寝られてそれでなおかつ普通に暮らしていけるならこんな気持ちにならないのではないだろうか。

結局こういうときに言うところのゆるい「死にたい」なんて、本当に死にたいわけではないのだろう。

辛いという気持ちに現状から逃げたいという気持ちが加わった感情を言い表す、適切な表現が見つからないってだけなのかもしれない。

ただ、「死にたい」と考えてしまう感情自体は本物で、それだけ今がしんどいってことも確かなことなのだ。

だからそこを譲る必要もなければ、「自分は弱い、甘えているダメなやつだ」なんて自罰的になる必要もない。

自分が辛いならそれは本当に辛いのだ。

そこを間違えては余計にしんどくなる。

それで奮起できる人もいるだろうが、そういう人はそういう人。

自分はそういう人ではないと、なおさら落ち込む。

落ち込まなくていいんだよ。

タフさも人それぞれなんだから。

「ゆるい死にたさ」を感じやすい人、感じにくい人

「なんでこんなに辛いことが多い中でなお生きていかないといけないのか」

「どうせいつか人は死ぬのだから、辛いこと我慢してから死ぬより今死んだ方がいいのではないか」

と考えてしまう。

こんな風に考える人は他にもきっといるのだろうけど、一方で全く共感できない人もきっといると思う。

その違いがどこから来るのか考えた結論の一つとして、

「その人が、幸せなことや辛いことといった「プラス」「マイナス」どちらに思考がとらわれているか」

という違いなのではないだろうか。

プラスにとらわれている人は

「辛いことがあってもプラスのこと、つまり楽しいことや幸せなことがあればだいじょうぶだしそれがあるのに死ぬなんてとんでもない」

などと感じているのではないだろうか。

一方でマイナスにとらわれている人は

「いくら楽しいことや幸せなことがあっても結局辛いこともあるんでしょ、だったら帳消しになんてならないし辛いことは耐えられない」

などと感じていると思う。

少なくとも僕の世の中への気持ちはそんな感じ。

今後自分を救っていくために、そして僕と似たような性格のあなたが幸せになっていくお手伝いを僕がするために必要なことは以下の問への答えを見出すことだ。

この物事の捉え方は個人の中でどれだけ変わりやすいのだろうか、また、どんな状況になればマイナス型の人はプラス型の考え方が出来るのだろうか。

マイナス型の人が死にたいと感じることなく生きつづけるには、楽しいことや幸せなことはどれだけ必要で(もしくは必要なくて)、辛いことをどれだけ避けたらよいのだろうか。

マイナス型の人を救うにはどうしたらよいのだろうか。

実例

実際に以下のような人がいる(僕がこうなんだから他にもたくさんいらっしゃるだろう)。

特にいじめられた訳でもなく、家庭環境も普通、そのうえ毎日友人と遊んでいた小学生のころからマイナス型の思考傾向は強かった。

また、楽しいことや希望に満ち溢れているはずの大学1年のころ、本格的にマイナス型になった。

それこそ毎日の通学時に「車が突っ込んでこないかな」と考えていた。

この人は根っからのマイナス型で、一般的な人よりもストレスに弱く出来ているのだろう。

そういう性格なのだろう。

では、そういったマイナス型の人が幸せに生きていくにはどうしたらよいのか。

そこが知りたいし、マイナス型の人が幸せに生きている実例をつぶさに見せてほしいと思う。

「ゆるい死にたさ・死にたい気持ち」から救われる道を模索していきたい

今と未来の自分を救うために、加えて同じような辛さを抱えている人に少しでも幸せになってもらえるように、この考えを書き残しておきたいし、これからもこんなことを考え続けていきたい。

大学院のころの自分はそういう「マイナス型」の人を救う鍵として

「生きがい」

「多様なライフコース選択」

があると考えて研究していたが、結局自分の力不足と将来への不安とに負けて就職することになった。

当時は悩みに悩んだ末、逃げる形ではあるものの就職こそが最善と考えたが、今では就職も最善ではなかったのではないかと感じている。

何を選択しても後悔ばかりなのだろうか。

ほんと、どうしようもない。

しかし、僕自身、実は世界にも人生にも、自分自身にも期待している。

将来に対してゆるく絶望している一方で、それでもなお期待もしてしまう。いつか幸せになれるんじゃないかって。

期待が強くあるからこその今の辛さなのかもしれないし、だからこそこんな性格にもかかわらず、もがき続けているのかもしれない。

そのせいか、進路選択では急な方向転換も多く、友人には

「進路や考え方がよく直角に変わるやつやな」

と評される。

自分としてはそのときそのときできるだけ最善の選択をしたいと考えているつもりなのだが、そのせいでよりよい道がないか探してしまい、そして移ってしまう。

自分の堪え性のなさ、堪えるよりもより良い状況に移った方が効果は大きいのではないかと考えてしまうこの性格では、結局何事も成し遂げられない人間になってしまう可能性もある。

堪えるタイミングと逃げるタイミングを見極められるのが本当は一番良いのだろう。

 

とはいえ今の自分の境遇は恵まれている。

客観的に見ればこの上なく合格点の生き方だ。

あとは考え方次第、といったところだがその考え方がなかなか変わらない。

なんせ小学生のころから軽い希死念慮とお友達なのだ。

「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものである。

となれば取り巻く状況を変えるしかない。

行動するしかない。

数年後の自分が幸せであるように、そして同じような性格のあなたに道を示せるように、いろいろ見て、聞いて、読んで、吸収して、考えて、行動して、書いて、話して、試行錯誤していきたいと思う。

(おわり)

 

他の記事のご紹介

この本を読んで少し救われましたという話です。

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「軽い死にたさ」みたいなのってコンテンツ作成時とかブースターになるよね、って話です。

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